荒川豊蔵、石黒宗麿、伊勢﨑淳、板谷波山、井上萬二、今泉今右衛門(十三代/十四代)、加藤孝造、加藤卓男、金重陶陽、河井寛次郎、
北大路魯山人、金城次郎、楠部彌弌、近藤悠三、酒井田柿右衛門(十三代/十四代)、島岡達三、清水卯一、
鈴木藏、田村耕一、
三代 徳田八十吉、富本憲吉、中島宏、中田一於、濱田庄司、原清、平櫛田中、福島善三、藤本能道、藤原啓、藤原雄、前田昭博、
松井康成、三浦小平二、三輪休和、三輪壽雪、山本陶秀、吉田美統、他(50音順)
※出品内容は変更となる場合がございます。
| 10月3日(土) | ・七代 加藤幸兵衛 ・新妻守 ・四代 徳田八十吉 ・北村和義 ・伊勢崎晃一郎 |
|---|---|
| 10月4日(日) | ・七代 加藤幸兵衛 ・新妻守 ・四代 徳田八十吉 ・北村和義 |
※作家の都合により変更になる場合がございます。
| 明治5年 | 岡山県に生まれる |
|---|---|
| 昭和12年 | 帝国芸術院会員となる |
| 24年 | 文化勲章受章 |
| 47年 | 小平市名誉市民に推戴される |
| 54年 | 107歳で逝去 |
| 明治5年 | 茨城県真壁郡下館町(現、筑西市)に生まれる |
|---|---|
| 昭和4年 | 工芸家として初の帝国美術院会員 |
| 12年 | 帝国芸術院会員 |
| 28年 | 重要無形文化財保持者(人間国宝)に推挙されるが辞退。 |
| 38年 | 91歳で逝去。従三位に叙せられる |
| 昭和9年 | 岐阜県土岐市に生まれる |
|---|---|
| 昭和37年 | チェコ国際陶芸展でグランプリを受賞 |
| 平成4年 | 第5回藤原啓記念賞を受賞 |
| 6年 | 重要無形文化財「志野」保持者に認定 |
| 7年 | 紫綬褒章受章 |
| 18年 | 旭日中綬章受章 |
| 令和6年 | 文化功労章受章 |
| 明治36年 | 佐賀県に生まれる |
|---|---|
| 昭和28年 | 父の十二代柿右衛門と共に濁手の復元に成功 |
| 38年 | 十三代酒井田柿右衛門を襲名 |
| 39年 | 日本工芸会正会員に認定 |
| 45年 | 佐賀県陶芸協会会長に就任 |
| 46年 | 「濁手」が国の重要無形文化財総合指定に認定 |
| 47年 | 紫綬褒章を受章 |
| 53年 | 勲四等旭日小綬章を受章 |
| 昭和8年 | 石川県小松市に生まれる |
|---|---|
| 61年 | 石川県無形文化財保持者に認定される |
| 63年 | 三代德田八十吉を襲名 |
| 平成5年 | 紫綬褒章を受章 |
| 6年 | (社)日本工芸会理事となる |
| 21年 | 75歳で逝去 |
| 明治16年 | 京都府に生まれる |
|---|---|
| 大正14年 | 赤坂山王台に「星岡茶寮」設立 |
| 30年 | 織部焼の技術で国の重要無形文化財保持者の申し出があるが断る |
| 34年 | 76歳で逝去 |
| 明治23年 | 島根県に生まれる |
|---|---|
| 昭和12年 | パリ万国博覧会でグランプリを受賞する |
| 30年 | 文化勲章、人間国宝、芸術院会員などへ推挙されるが辞退 |
| 41年 | 晩年まで無位無冠の陶工として創作活動を行う 76歳で逝去 |
| 昭和37年 | 佐賀県有田町に生まれる |
|---|---|
| 平成14年 | 十四代 今泉今右衛門を襲名 |
| 21年 | 紫綬褒章受章 |
| 22年 | 日本工芸会理事に推挙される |
| 26年 | 重要無形文化財「色絵磁器」の保持者に認定 |
| 令和2年 | 日本工芸会 副理事長に推挙される |
| 昭和11年 | 岡山県備前市に伊勢崎陽山の次男として生まれる |
|---|---|
| 41年 | 日本工芸会正会員 |
| 平成5年 | 岡山県文化奨励賞 |
| 10年 | 日本工芸会理事就任 岡山県重要無形文化財認定 |
| 16年 | 重要無形文化財保持者に認定 |
| 17年 | 岡山県文化賞受賞 |
| 令和8年 | 逝去 |
| 明治27年 | 岐阜県多治見市に生まれる |
|---|---|
| 40年 | 山口県選奨(文化功労)を受ける |
| 43年 | (社)日本工芸会理事となる山口県指定無形文化財「萩焼」保持者に認定される |
| 46年 | 紫綬褒章を受章 |
| 59年 | 大萱に荒川豊蔵資料館を開館(後に豊蔵資料館と改称) |
| 60年 | 91歳で逝去 |
| 大正5年 | 五代加藤幸兵衛の長男として生まれる |
|---|---|
| 昭和55年 | 宮内庁より正倉院三彩の復元制作を委嘱される |
| 58年 | 岐阜県空用無形文化財に認定される |
| 昭和63年 | 紫綬褒章を受章 |
| 平成7年 | 国指定重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定 |
| 8年 | 岐阜県名誉県民の称号を受ける |
| 17年 | 逝去 |
| 明治43年 | 山口県萩市生まれ。中学卒業後、兄・十代休雪(後の休和)に師事し、萩焼を代表する窯のひとつ「三輪窯」の家業に励む |
|---|---|
| 昭和30年 | 「休」と号して出品活動を開始 |
| 42年 | 十一代休雪を襲名 |
| 58年 | 萩焼の重要無形文化財保持者(人間国宝)となる |
| 平成15年 | 「休雪」号を長男に譲り、「壽雪」に改名 |
| 24年 | 逝去 |
伝統技法を継承しながら現代の工芸シーンに新たな息吹を吹き込む、
今まさに注目を集める表現者たちの競演「現代人気作家陶芸展」を開催する運びとなりました。
独自の感性で伝統を昇華させ続ける7名の作家の作品を一堂に展覧いたします。
美濃の名窯「幸兵衛窯」の七代当主。
人間国宝である父・加藤卓男が復元した「幻の名陶ラスター彩」をはじめとするペルシャ陶技を受け継ぎ、個性と現代性豊かな格調高い作品を制作しています。シャープな造形感覚、そしてシルクロードから出発する諸国陶芸に学んだ多彩な表現による独自の陶芸世界を展開しています。
| 1995年 | 七代加藤幸兵衛を襲名 |
|---|---|
| 2013年 |
イラン国立博物館にて「大ラスター採展」開催 同年、イランの陶芸家に、失われたラスター彩技法を伝授するための「ラスター彩里帰りプロジェクト」を開始。 |
| 2023年 | 岐阜県重要無形文化財「三彩」保持者の指定を受く |
東京造形大学の彫刻科で木彫を学ぶ中で、素材そのものが放つ圧倒的な存在感に強く惹かれました。コンセプトを先行させるのではなく、素材に寄り添う造形を目指すうちに、自然と備前のやきものを意識するようになっていったのです。土の持つ力やその多様な表現を引き出すため、現在は「打文」や「畝」といった独自の成形法を用い、新たな造形世界を創造しています。
人間国宝である三代徳田八十吉の長女として生まれました。米国への留学やNHK金沢放送局でのニュースキャスターを経て、三代目に師事します。三代目が確立した「耀彩(ようさい)」の技法を引き継ぎ、徳田家の色を基盤としながらも、独自の色彩表現を追ましています。
その後、2010年に四代徳田八十吉を襲名されました。
黒木イズムの継承者として、谷口氏は二代黒木国昭を襲名しました。二代黒木氏から生まれる作品には、独自の感性と共に初代黒木国昭氏の彩(いろ)が宿っています。膨大な時間を共に過ごしたお二人だけが共有する技術や感性が、現代アートの装いとの相乗効果によって、新たなガラスアートを生み出しています。
伝統的な技法を守りつつも、プラチナ特有の光沢を再現するという「純プラチナ彩」の技法をはじめて開発した陶芸家です。
その素晴らしい色使いは国内のみならず海外でも高く評価され、2011年にはACC(スペインカタルニア陶芸家協会)の名誉会員に選任されるなど、従来の磁器のイメージを大きく変えています。
九谷竹隆窯(ちくりゅうがま)に生まれ、石川県九谷焼技術研修所を経て作家活動を始められました。九谷の伝統技法を用いながらも、その作品は独創性に溢れています。近年ではコンテンポラリーアートとしても高く評価されており、名だたる有名企業からのコラボレーション依頼を受けて作品を制作されているほか、テレビの情報番組などでも取り上げられ、大きな注目を集めています。
独特の金襴手の技術と緻密な絵付けが特徴の薩摩金襴手は、薩摩藩主専用の御庭焼として約400年前に生み出され、江戸から明治期には「SATSUMA」の名で世界から称賛されました。
新妻守氏は、瑠璃地の技法をよみがえらせ、また従来にはなかった紫のグラデーションを使った新技法を生み出しています。