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400年の時を超えて、最新のテクノロジーが融合

家康公の時計

「監修」久能山東照宮宮司 落合偉洲 「後援」徳川家康顕彰四百年記念事業 製造・販売元 安心堂


電波クォーツ時計(乾電池式)「家康公の時計」

限定400個


電波クオーツ時計(乾電池式)
220,000 円(税別)
ガラスケース別売 20,000円(税別)
重 量:約2,400g
手作り加工のため、一つひとつ微妙にサイズ・色目等が異なります。 予めご了承ください。

●電波受信機能:自動受信/手動受信 (受信電波=長波標準電波JJY、周波数=40kHz/60kHz)

●使用電池:単3形アルカリ乾電池1本

●電波受信が行われない場合は、通常のクオーツ精度(月差±30秒以内)で動作します。


外観写真

「家康公の時計」正面と右側面

正面(左)、右側面(右)


「家康公の時計」左側面と裏面

左側面(左)、裏面(右)


「家康公の時計」上部

上部


「家康公の時計」底面

底面


「家康公の時計」裏蓋を開けた状態

裏蓋を開けた状態




国宝久能山東照宮

徳川家康公は、晩年、静岡に移り住み、遺命として久能山に眠ることを家臣に託しました。元和2年(1616年)4月17日に永眠。徳川家康公を祀った最初の神社、それが久能山東照宮です。洋時計は家康公の神宝としてここに納められ大切に保管されました。当時の最高の技術と芸術を駆使して造営された社殿は、平成22年12月に国宝指定されています。



国王・徳川家康公

1603年天下を統一し征夷大将軍の座に就かれた徳川家康公は、264年もの長きにわたり、日本史上最も平和な時代を築きました。晩年は駿府に居城を構え大御所として君臨。世界を視野に、日本の行く末を見守っていました。



スペイン国王 ハンス・デ・エバロの機械時計

ハンス・デ・エバロは、機械式時計制作の第一人者として名作を数々残し、<家康公の洋時計>は1581年に製作されたとされています。高さ21.5センチ、10.5センチ四方、重さ2800グラムの真鍮製で国指定重要文化財。



<家康公の洋時計>は、スペインの船が千葉県沖で難破した際、駿府に居城を構えていた大御所・徳川家康公が丁重に船員たちをもてなし、後に新船の建造をしたお礼として1611年にスペイン国王フェリペ3世から贈られました。家康公はこの洋時計を愛用したとされています。



2012年の5月、大英博物館キュレーター、デービッド・トンプソン氏による調査を機に、久能山東照宮を中心としたレプリカ基金が設立されました。安心堂の「家康公の時計」は、この「時計レプリカ」作成の想いと同じでした。後世に、限りなく本物に近い家康が愛した洋時計を残したいと。もちろん現存する洋時計に触れることはできませんから、外構部の写真だけを頼りに最先端の3Dを用い、意匠や模様など細部に至るまで時間をかけ再現していきました。こうしてできた設計図を基に、日本伝統の鋳物技術を駆使。何度も試作を重ねながらついに完成に至りました。ムーブメントは最新の電波時計を採用。眺めるもよし、触るもよし、使うもよし。「家康公の時計」はまさに温故知新。伝統と現代の最新のテクノロジーを融合させ現代風にアレンジした、安心堂オリジナルの復刻品です。



現代版「家康公の時計」製作ストーリー
販売・企画総合アドバイザー高橋登志光

2014年4月、遂に「家康公の時計」の一般販売がスタートしました。これは、江戸時代にスペイン国王から徳川家康公に贈られ、家康公が亡くなった後は、久能山東照宮(静岡市駿河区)で大切に保管されてきた「家康の洋時計(国指定重要文化財)」を、安心堂が21世紀の今、月日をかけて復刻させたものです。
今回、この「家康公の時計復刻プロジェクト」の核である、高橋登志光(安心堂 販売・企画総合アドバイザー)より復刻までの軌跡をご紹介します。



そもそも「家康公の洋時計」とは?
久能山東照宮博物館所蔵 洋時計

久能山東照宮博物館所蔵 洋時計


ときは1609年、スペイン船がフィリピンからメキシコへ向かう途中に遭難し、千葉県沖に流され座礁する事件が起きました。村人たちが総出で協力し、乗組員373人のうち317人を救助。徳川家康公は、助け出した乗組員たちを大切にもてなし、小型帆船を用意して彼らを帰国させました。この温情に感謝したスペイン国王が家康公に贈ったのが、この「洋時計」です。家康公はたいそう喜んだと伝えられています。そして、家康公が亡くなった後、この時計は久能山東照宮の神宝として長年保管され、日本に現存する最古の機械式時計となったのです。

※実はこの時計は、1955年に宝物館から盗難に遭ったことがありました。しかし、多くの人の願いが届いたのでしょう。盗難から約70日後、無事に戻ってきたのです。




400年前の時計価値が実証

平成24年には、イギリス大英博物館の調査員として、世界屈指の時計研究者が、「家康公の洋時計」調査のため、久能山東照宮博物館を訪れました。分解・調査の結果「制作当時の部品が99%残り、革製カバーまで残っているのは珍しい。当時として最高技術が施されている」と時計の価値が現代に実証されたのです。
江戸時代の日本では、現在の24時間当分割な時間法ではなく、子の刻、丑の刻などを使い、季節によって昼夜の長さが変わる時間概念でした。そのため、贈られた西洋時計は実用的ではなく、使わずに大切に保管されてきたからこそ、ここまで貴重な部品が残っていたのでしょう。



復刻時計を作ろうと考えたきっかけ
久能山東照宮

写真提供:静岡県観光協会


ある日、富士山を眺めるエリアに出かけたとき、東南アジアからの観光客が大勢訪れている様子を見掛けました。「もはや、観光地は東京や京都ばかりではない。ならば地元静岡に、もっと多くの方に来てもらいたい。それを安心堂から発信することはできないか?」そう考えたとき、真っ先に徳川家康公が浮かびました。家康公は平和外交で知られ、海外の方にも評判のいい武将です。そして家康公を祀る久能山東照宮には、海外との交流の証といえる「家康公の洋時計」が遺されているのです。
私はすぐに久能山東照宮の落合偉洲宮司に「家康公の洋時計の復刻版を作ってみたい」と相談しました。すると、「実物に触れることはできないけれど、復刻時計を作ることは問題ないですよ」とお返事を頂くことができたのです。それが2010年のことです。



発想から試作まで 2年、遂に出逢いが!

それからが大変でした。製造企業各社に相談しましたが、金型を作るだけでも相当な資金がかかります。なかなか話が進まないまま、二年の時が経っていました。すると2012年、久能山東照宮社殿が国宝に、そしてあの「家康の洋時計が重要文化財に指定されたのです。「急がなくては、時計自体に近づくことも難しくなってしまう」。焦り始めたとき、紹介された模型会社社長との出逢いからプロジェクトは急展開していきました。相談したところ「できますよ」と、二年間待ちに待った嬉しい返事が。予算もなんとかクリアでき、早速プロジェクトがスタートしました。
企画スタッフが久能山東照宮に集合し、実物の写真を撮影し、触れずにサイズを採寸。3Dプリンター技師や鋳物職人等も加わり、復刻時計製作のディスカッションが始まりました。「こうしたらどうだ」「いや、それは不可能だ」「ならばこうしよう」…。それぞれ、自身の道に誇りを持つ製造のプロたち。ときに意見が対立し、語気が強まり白熱することもありました。その中で私は、「これだけ互いの想いをぶつけていけば、いい物ができるぞ」と確信したのです。



復刻版の製作には匠の技が集結
「家康公の時計」上部

設計図をおこし、それをもとに3Dプリンターで立体模型を作ります。次に鋳造会社が、型を作り、鋳物を流し込み、大まかな形を作っていきます。鋳物は、固まるときに少し縮む性質があります。湿度や温度によっても変化するので、職人の長年の経験で計算しながら作り上げていくのです。イメージ通りの色にするのも試行錯誤が続きました。
出来上がった最初のサンプルを、実物の横に置いてみました。上部のドームの形や色が微妙に異なっています。ドームの丸穴を均一にしたり、ふっくら感を出したり、何度も作っては直しが繰り返されていきました。そして、一つのサンプルが出来上がったのは、ミーティングから約5ヶ月後のことでした。



決して妥協はしない
高橋登志光さんの解説風景

あるとき、「家康公の洋時計」に関する文献を読んでいたとき、時計の作者といわれるハンス・デ・エバロのスペルを見ていると、サンプルに記したスペルと違いがあることに気付きました。実物の時計の銘板に刻まれた文字を拡大して見てみると、「Hans de Evalo Me Fecit En Madrid A 1581」(アンス・デ・エバロが1581年にマドリッドで私を作った)と刻まれているのですが、当時流行した隠し文字という手法で、Lの中に「o」、Cの中に「i」が小さく刻まれていて、サンプルを作るときに見逃していたのです。発見したからには、作り直したのは言うまでもありません。



21世紀版「家康公の時計」

400年前に作られた2800グラムの機械式時計に対し、復刻版は真ちゅう製2400グラムの電池式電波時計。側面に描かれたデザインは、当時はエッチング(化学薬品などの腐食作用を利用した表面加工)で施されていますが、エッチングの線は鋳物では表現できないため、立体的に作ることで遠近法を表現しているのが特徴です。また、裏蓋を外す際、ネジを緩めたときに蓋が落ちて破損することがないよう、工夫したのも復刻版ならでは。21世紀だからこそできる技術で、400年前の魅力に近づけ、より使いやすい品質にしたのが、現代の「家康公の時計」なのです。
「家康公の時計」は、職人たちの手作りで、ひとつひとつ造り上げられているので、全く同じものは二つとありません。仕上がった時計を手にしたお客様からは、「重量感に納得。手元において、見たり、触れたりする醍醐味がある」と喜んでいただいています。



家康公の時計と共に未来の時を刻む
家康公の時計と高橋登志光さん

時計が完成したからといって、それで終わりではありません。現代版「家康公の時計」は、これから刻々と時を刻んでいきます。その歩みと同じように、家康公の歴史が連綿と受け継がれている静岡の街が、さらに魅力あふれ、多くの方々に訪れていただけるように、温故知新で地域を盛り上げていきたいと思っています。家康公の歴史あふれる静岡で、新旧の時計と出逢い、400年の時空に想いを馳せてみてはいかがでしょう。お待ちしています。

最後に、「家康公の時計」は、皆様のお力添えがあったからこそ完成させることができたと言っても過言ではありません。
製作にあたり、多大なるご支援、ご尽力をいただきました各方面の方々に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。